ベーコンになります。

日々の努力の積み重ね

そもそも自己PRの「PR」って何?から、自己PRを考えよう

 最終勤務日まであと3日。

職場の荷物がほぼ片付いた。元から散らかす方ではないのであっさりしたものだ。

取り組んでいた仕事も一定形になった。あとは後片付けをしよう。

 

 

さて、今回は「自己PR」について掘り下げる。

 

 

 

そもそも自己PRって何?

 

自己PRの「PR」って何だ?って調べると、

パブリックリレーションズ(Public Relations

の略だそう。一回就活してるのに知らなかった。直訳すると「公的な関係」?

内容はこちらのサイトに載っていた。

 

PR =「公衆とのよい関係づくり」と理解するとよさそう。

では、「自己PR」とは「自分と公衆とのよい関係づくり」となるが、これはしっくりこない。漠然と「自己PR」といわれると、自分を売り込むイメージがある。

本来の意味を踏まえて、就活として自己PRを考えるなら、

(今後)自分と企業がよい関係を築くための(自分発信の)施策・言動」

としよう。

 

そう捉えると、自己PRには以下3点が求められる。

  1. 企業に「よい関係をもちたい」と思ってもらえる、自分の能力をアピールする。
  2. 現時点で未知数なところはあるが、「今後よい関係になれそう」と思ってもらえる、自分のポテンシャルをアピールする。
  3. 企業と自分の思考が一致するので、もはや「よい関係」であると感じてもらう。

 

つまり、「現時点での能力」・「ポテンシャル」・「思考(志向)」が秤にかけられる。

2つ目の「ポテンシャル」は「期待できる可能性」とここでは定義する。

3つ目に(志向)としたのは、「この先どう在りたいか」も企業にとって重要な選考要素と考えるから。先を見通すには、常々頭を働かせる必要がある。現状を分析し、次に何が必要か考える能力だ。

良い企業は常に先手先手で動く。当然、先のことを考えられる人材を必要とする。そんな企業に入りたいのであれば、それに適うよう未来を考え、切り開いていくために何が必要か、考えられる人材でないといけない。

 

 

 

まずは企業について考えてみよう

 

これから企業への就職を志望するので、自己PRの裏返し、「自分はどのような企業で働きたいか」の根本的な部分を掘り下げる。

自分は公務員しか経験がないので、企業のことを肌感覚で理解しているわけではない。しかし、少なくともこの5年の経験から、どのような組織が望ましいのか、(社会的に)組織はどうあるべきか、考えていることがある。それは以下3点を満たす組織だ。

  1. 働く人たちに、明確で説得力ある将来像を提示し、かつそれが末端まで浸透している。
  2. 働く人それぞれが主体的に、やりがいを持って仕事に邁進している。
  3. 関わる方面どこにも、不快な思いをさせていない。やむを得ず不快な思いをさせてしまった場合には、適切なフォローができている。

 

以上3つについて、まとめると「人を生かすことで、自らも生きる組織」といえそう。どれも相互に繋がりがあるが、1つ1つみていこう。

 

1番について、基本どこの企業でも将来像は掲げているものだが、組織内のどこまで浸透しているのか、企業によってバラツキがある。

これは2番にも通じるもので、組織の目指すところが分からない、あるいは理解できないと、働く人たちはどこを目指して仕事していいか分からなくなる。結果、労働意欲・生産性の低下を引き起こす。適切に目指すところを提示し、従業員をある程度導くことが必要だ。

 

2番について、これは当然、従業員自身の資質の問題もある。ただし組織自体が、主体性を尊重し、やりがいを感じられる土壌を育めているかも大切だ。

従業員の意志を軽視し、上から押さえつける、あるいは与えるだけの仕事に、人はやりがいを感じないもの。

自らの問題意識を発露し、より良い方策を提案し、周囲がそれについて協働してくれるとき、人は組織の中でやりがいを得ることができる。働く人一人ひとりの意志を受け入れる度量が企業には求められる。

 

3番について、これが一番大切かもしれない。人は一体何のために働くのか、根本的な問いかけになる。誰かの幸福のために、誰かが犠牲になっていいのだろうか。それは自分の主義に反することだ。

この5年間、窓口で事業者に対応する仕事を続けてきた。大半は礼節のある人たちばかりだ。しかし、たまにぞんざいな扱いを受けることがあったのも事実。そのとき、「この人たちは一体何のために仕事をしているのだろう」と疑問に思った。関わる人に不幸を与えてまで、その仕事をしたいのだろうかと。今、自分に見せている態度を、言動を、顧客の前で披露できるのだろうか。

 

自分の働き方として、関わる人たちすべてに快くあってほしい。そう願って仕事を続けてきた。立場が変われば、考え方も振る舞いも変わるというが、根本の願いを変えることはしない。

やむを得ず、または意図せず他者に不快な思いを強いた場合、適切にフォローできるかも大切だ。言葉一つで人の印象は変わる。事実は変えようがなくとも、事実の感じ方を変えることはできる。物事の最終着地には、一人ひとりの人間がいることを忘れてはならない。

 

冒頭に挙げたとおり「人を生かすことで、自らも生きる組織」が企業の望ましい姿だ。

そしてその逆は、自分に求めることになる。

「組織を生かすことで、自らも生きる人材」

「自分の成長」==「企業の成長」となるよう、win-winな関係を築いていきたい。

 

 

 

自己PRを考えよう

 

これまでに述べてきたことをふまえて、自己PRを形にしていく。

再度、自己PRに求められるものを振り返ると、

  1. 現時点での能力
  2. ポテンシャル
  3. 思考(志向)

以上3つだった。1つずつ考えていく。

 

1.今、自分が持っている能力は何か?

はっきり言って、技術的な部分でアピールできるものは少ない。どこまで行っても業界未経験だから。

それでも、成果物を入念に作り込んで、今できることをアピールすることはできる。それ以上の証明はないだろう。

自分が持っている技術以外の能力は、ポテンシャルとして評価される部分になる。エンジニアを目指す以上、自分の売り込み方として、そこははっきりと線引きして考えた方がいい。

 

 

2.どのような思考(志向)を持っているか?

話の筋を考えると、

「このような思考(志向)を持っている」から「このような効果・成果が期待できる」→ポテンシャル

となるため、先に思考(志向)について考えていく。

 

 

いきなりネガティブなことを書くが、自分は「せっかち」で「めんどくさがり屋」だと思う。めんどくさい物事に対面すると、すぐ楽な方へ流れたがるし、他人がまごついていると、自分でちゃちゃっとやりたくなる。忍耐力が低い。

それでは仕事を遂行する上で不都合なので、同じような他人を観察しながら、自分の言動を律してきた。具体的には、自分が理解している物事だからといって早口でまくしたてたり、相手の説明を遮らずにまずは話の終わりまでじっくり聴く等、この5年間で自分への「客観力」・「自律力」は鍛えられたと自負している。

 

一方で、自分の性格が生きる部分もある。

せっかちなので非効率なことはしたくないし、めんどくさがり屋なので極力作業の手間を減らしたい。さらにそれが、自分の仕事を通じて関係する人たちだとしたら、なおさらだ。非効率でめんどくさい思いを他者に強いるなんて、したくない。それが業務改善に取り組むきっかけになった。

 

成果は2つ。

1つは受け付けた書類を記録する台帳のエクセル化

これまで手書き(!)していたものを、すべてエクセルファイルに移行。年間約4500件の申請等を受け付けているので、これだけで相当の効率化だ。さらに、紙台帳と重複して上司がエクセル入力していた統計処理の台帳も、今回作成の台帳上でほぼすべて自動で集計するよう関数を組み、業務量を削減。入力項目によっては、最大4回(!)重複して入力していたものを1つにまとめた。本格的に運用されるのは来年度なので、その後の運用に関われないのは残念だが、今使えるツールで最大限できることを実行した。

 

その後の運用・保守も見据えて、3つの業務マニュアルを作成した。1つは、エクセル台帳を使用した業務の流れをフローで可視化したもの。2つ目は、来年度以降の年度替わり時の台帳作成・繰越作業を順番に記載したもの。最後は、エクセルで使用した関数やエクセルの文法自体を易しく解説したもの。

「作って終わり」では意味がない。自分が職場を去ることが分かっているならなおさら。エクセルの関数を使用することも相当悩んだ。エクセルの理解がある人たちばかりではない。そこで、使用する関数は極力しぼり、最小限で最大限の効果を発揮するよう設計した。その上で、今後運用する中で誤って不都合が生じたとき、セルの中身を解読することができるよう、上記最後のマニュアルを用意した。

 

 

もう1つの成果は、公式サイトの関連業務コンテンツの再構成

4課にまたがる業務が1つの括りに集約され、しかも適切に整理せずコンテンツを掲載・リンクを張り巡らせていたため、閲覧者にとってどこに何があるか分からない迷路になっていた

結果、求める情報を電話等で聞くしかなく、閲覧者及びそれを案内する職員双方にとって、手間と時間をかけさせる代物になっていた。当の職員ですら、コンテンツの全容を把握しているものは居なかった。

 

「非効率で面倒なことが嫌い」な自分は、この状態を見過ごしているのが許せなかった。解消するのが相当に面倒な仕事だったとしても、将来にわたって放置してはさらなる負債を生むだけだ。みんな、このままが良くないのは分かっているけど、気の遠くなる作業をしたくないし、このままでも一応業務は遂行できる。

だから、めんどくさがりな自分がやることにした。未来の人たちに面倒をかけず、負の連鎖は今ここで断ち切りたかったからだ。

 

予想どおり困難な作業だった。自分の担当業務だけで終わる話ではない。4課すべての業務を把握し、それぞれの意見を聞いてコンテンツ配置・階層を調整する必要があった。自分含めみんな日々の定常業務に追われているので、全容把握と意見調整にかなり時間を要した。

結果として、多くの人の手を借りながら、なんとか再構成をやり切ることができた。コンテンツ作成システムの都合上、構成に縛りがあったので、満足な出来(特に見栄え)とは言えないが、情報へのアクセス・案内は短縮・容易になったはずだ。

その後の保守運用も当然考慮した。これまで複数箇所に同じ条例等のファイルをアップロード・掲載していたが、時点更新があったときに差替え漏れが発生していることがあった。そのため、原則アップロードは一か所とし、他はそこへリンクするよう構成を見直した。

迷路を生み出す原因を抽出し、これを繰り返さないためのルールを、コンテンツ全体図とともに全員に共有もした。

 

 

両方とも、自分が課題だと感じていることの改善に取り組み、その後の保守運用のための記録を残した。これ以上のことは、未来の良識ある人たちに託すしかない。

 

 

長くなった。思考(志向)をまとめよう。

働き始めた当初は「こういう仕事なので仕方ない」とか「仕事とはそういう(めんどくさい)もの」と捉えていたが、経験・見識を深める中で、「考え方次第で仕事は変えていける、在り方を規定するのは自分たちだ」と気づいた。

特に「自分の特徴を業務に活かすことが、自分・職場双方にとって利益となる」よう、関係を築けるかが重要だ。

これらの思考から、志向するのは、

「現在と未来の人たちを幸せにするために、今何が必要か考えて実行する」こと。

エンジニアを目指すのも、このスタイルを志向する故だ。これを実現していきたい。

 

 

3.自分のポテンシャルは何か?

自分で断言するのが難しい部分だが、あえて言い切っていこう。

これまでの思考(志向)からまとめると、以下の3点だ。

  1. 常に先の事態と人を視野に入れて仕事を遂行してくれる
  2. 効率性を重視し、業務を最適化していってくれる
  3. 自己の成長と企業の成長を同一視し、やりがいを持って働いてくれる

 

すべてこれまでに深堀してきたので、最後の「やりがい」についてだけ触れておく。

やりがいって何だろうか?

どこに何を見出すかは人それぞれだが、共通するのは「楽しさ」があることだ。少なくとも、前向きな感情がそこにはある。

「この人ならウチで良いパフォーマンスを発揮してくれそうだ」とイメージを持ってもらわなくてはならない。成長を追い求め、楽しく仕事している姿が思い浮かぶかーー。

これまで書いてきたことを、端的に伝えていこう。

 

 

自己PRまとめ

Q.1 あなたはどのような能力を持っていますか?

→ ポートフォリオで提示する。不足する能力は、以下思考・ポテンシャルにより身につけていきます。

 

Q.2 あなたは仕事に対し、どのような考え方を持っていますか?

→ 自分の特徴を業務に活かすことが、自分・職場双方にとって利益となるよう仕事に取り組みます。現在と未来の人たちを幸せにするために、今何が必要か考えて実行します。

 

Q.3 あなたにはどのようなポテンシャルがあるでしょうか?

→ 以下3点です。

  • 常に先の事態と人を視野に入れて仕事を遂行するでしょう
  • 効率性を重視し、業務を最適化していくでしょう
  • 自己の成長と企業の成長を同一視し、やりがいを持って働くでしょう

 

めちゃくちゃ長文になった。面接等では最後のまとめを冒頭に話して、食いつきがあったら具体的な考え方・エピソードを話すって流れにしないと。

 

ここまで書いてきた記事で、自己分析は一定まとまった。後は志望企業のピックアップと志望理由のローカライズポートフォリオの作成だ。

 

やったるで!!!!

なぜWebエンジニアになりたいのか、動機を整理してみよう

最終勤務日まであと10日。

刻々と終わりの日が近づいている。

 

 

履歴書や職務経歴書、他転職サイトのプロフィールやら、志望動機・自己PRをまとめないといけないので、しっかり言葉にして整理していく。

退職理由は前回の記事でまとめたので、今回は「動機」の部分を掘り下げていく。

 

 

何になりたいか?

Webエンジニアになりたいと考えている。去年からそのために準備を重ねてきた。

3月いっぱいを最終準備期間とする。具体的には志望動機・自己PRの固定化(今やってる)と、ポートフォリオ作成前の知識インプット。

4月から本格的にポートフォリオの作成に取り掛かろう。

 

 

なぜwebエンジニアなのか?

まずは根本のところ。なぜWebエンジニアを志望するのか?「Web」と「エンジニア」に分解して考えていこう。

 

なぜエンジニアなのか?

まずはこちら。端的に以下3点が理由だ。

  1. 作り手側になりたいから
  2. 世の中を変える力になりたいから
  3. 自分で生きていく力を身につけたいから

 

1番は前回の記事ではっきりと自覚した点だ。受け身の仕事にやりがいを見い出せなくなってしまった。作って提供する側と、それを受け取る側とでは、大きな隔たりがある。誰かがやった仕事のフィードバックを返す側ではなく、自分の仕事のフィードバックをもらう側になりたい。

 

ささいなことでも、自分が提供したものに反応があると嬉しい。たとえば、ツイッターでたくさんいいね・リツイートをもらったとか、書いた記事を読んでもらえたとか。今やってる仕事でいうと「これでめっちゃ楽になるわ」とか「ありがとう」とか。

 

その喜びをたくさん得られるものが作り手側、すなわちエンジニアだと考えた。エンジニアとは、技術で課題を解決する能力を持った人のこと。それゆえに、技術を持っていない人たちから重宝される存在だ。

そんな存在に自分はなりたい。きっと、たくさんの楽しみとわくわくが詰まっているはずだ。

 

 

2番は1番にも通じるところがある。

いったいこの社会・世の中を回しているのはどんな人たちだろう? 政治家?企業の上層部?工場労働者?まちの商店主?

いろんな答えがあるから、この問いに正解はない。

 

でも、世の中が大なり小なり変わる時、それを支えているのは「技術」だ。

今の身近なことで例えると、コロナ禍での働き方や過ごし方。リモートワークには、仕事道具としてPCやモニター、webカメラ、そしてそれらの中で働くソフトウェアやアプリが必要だ。積極的に外出できないからECサイトや宅配アプリを活用したり、オンラインイベントに参加してみたり。

技術によって、これまでの生き方を変化させていくことができる。世の中を便利に快適にしていくことができる。人の世を支えているのが技術だ。

そう考えると、とてつもなくやりがいがある。

世の中を変える原動力になるーー。大言壮語だけど、自分はそんな存在になりたいんだ。

 

 

最後。

世の中どんな状況においても、確かな能力があれば生きていける。できることが増えれば、それだけ選択肢も増える。そのために必要なのは才能じゃない、努力だ。それも、継続する努力。自分で生きていく力を身につけるとは、すなわち努力し続けていくこと。

 

もう逃げないと誓った。

 

今までの自分は、「才能がない」「適性がない」とあきらめて、本当にやりたいことをみないふりして生きてきた。それが「大学で学んだ延長の就職先」に現れている。

もっと遡れば、中学・高校でもそうだ。数学が苦手だから、自分は理系脳じゃないからと言い訳して、やりたいことをあきらめていた。本当はロボット作ったり、プログラム書いたり、ゲーム作ったり、いろんなことを分析したり……興味関心はたくさんあったはずなんだ。でも簡単に理解できないからといって、すぐに投げ出して楽な方へ、楽な方へ進んでしまっていた。

 

そんな自分とは決別することにした。

 

これは動機というより、エンジニアに必要な資質だから、それを実践していこうとしている。

いや、すでに実践している。この半年以上、毎日地道に努力を続けている。でもそれは苦ではなかった。うまくいかないとイライラすることもあるけど(しょっちゅううまくいかないけど)、自分の作業が形になっていくのは楽しい。うまくいったときは両手をあげて喜びたくなる。

毎日の積み重ねで、エンジニアとして生きていくための力をつけていこう。

 

 

いままではエンジニアではなかったのか?

一応、現職の建築職も「技術職」なので、エンジニアではないのか?という見方もある。

部署・職種にもよるが、役所の技術職は、一般的に技術職と聞いて想像するものとは異なる。

どういうことか。「実際に設計する側・作る側ではない」からだ。主な仕事を挙げると「発注」「監理」「許認可」「策定」…。いずれも、自分の手足を動かすのではなく、相手に動くことを指示し、それを監視する役割になる。「策定」は作る側ではあるが、決まりごとを作るだけで、何か技術を駆使するわけではない。

ではなぜ技術職と呼ぶのか。技術的な用語の理解・会話が求められるからだ。端的にいうと、「法」を執行し、「法」と「実務者」の間に立つもの、それが役所の技術職だ。法の趣旨を理解し、それを分かりやすく実務者に伝える役割を担っている。

だから、1:9で技術職:事務職といった具合。技術的な用語で会話しながら、技術に関する決まり事を守らせる、そんな仕事だと理解してほしい。

 

つまり、自分が求めるものには合致しない。だって、がっつり作る側になりたいのだから。

 

 

なぜWebなのか?

話が少し逸れてしまった。もう一つの要素である「Web」について整理していこう。

そもそもWebとは何か?コトバンクによると、

インターネットを通して世界中に蜘蛛の巣のように張り巡らされたハイパーテキストシステムである、World Wide Webの略。

(中略)

一般に「Web」というときは、「Webブラウザーで表示できるもの」あるいは「インターネット」そのものを指すことがある。

 とある。つまり、今こうして記事を書いてる時点でWebのお世話になっているわけだ。

ただ、Webだけだとあまりにも裾野が広すぎるので、もっと焦点を絞ろう。

 

Webを通じて何がしたいのか?

有り体にいうと、

 

世の中を効率的に、かつおもしろくしたい

 

と考えている。ここでいう「おもしろく」は、英語でいうと「fun」が近い。「効率的」に真剣な意味を、「おもしろく」に少し悪戯心を添えた。これらは、自分の人生における2大モットーだ。これを実現できるのがWebだと考えた。

 

なぜか。それには自分の原初の体験が影響している。

 

初めてWebにふれたとき、こんなにおもしろいものはないと思った。自分の興味があるものを調べると、無限といっていいほどの情報が引き出せる。こんなに便利でおもしろいものはないと思った。めっちゃワクワクした。

家に初めてPCが導入されたのはWindows98時代。だいたい小学校低学年のころだろうか。当時はダイヤル回線でカタカタやって、通信料金が高額にならないか怯えていたものだ。

そのころから現在まで、片時もWebから離れたことはない。中学生のときには貯めてたお年玉を崩して、自分専用のPCを購入した。主にはゲーム目的だったが、多様なコンテンツを提供してくれるWebは、自分の生活の中心であり続けた。

 

そしていま、自分は「おもしろさ」を提供する側にまわりたい。こいつ以上に身近で「おもしろさ」を提供できるものはないと考えている。だから「Web」に関わりたい。

 

いまやWebは当たり前のものになり、周辺環境含めてどんどん進化している。ライフラインの一つであり、多大な価値を生み出すものになっている。

特に最近ではSaaS等、Web上でサービスを提供・享受するのが一般的になってきている。Webを活用すれば、仕事だって日常生活だって、どんどん効率的に、便利にこなすことができる。

 

「効率的」ーー大好きなワードだ。効率的なことは大好きだし、非効率なことは大嫌いだ。これはもう生まれ持った性格だから、どうしようもない。非効率なことには怒りすら覚える。

だから、現職を業務改善して効率的にしたうえで、去ろうとしている。5年間働いた自分が課題だと捉えていることを、現時点の自分にできる精一杯の力で解決していこうとしている。

自分は特別な才能を持った人間ではない。よく自覚している。でも努力することは可能だ。自分がもうすぐ30代になろうとも、年齢は関係ない。周りの人をみていて実感する。働き方には、その人の思考と努力が反映されているのだと。いくら歳くっていてもダメな人はダメだし、若くても適切に仕事を遂行する人はいる。

 

これまでの人生と仕事の経験から、「如何に効率的にできるか」が自分のテーマだ。

Webはその手段として最適だ。Webを活用すれば、アイディア次第でいくらでも効率化が図れる。可能性は無限大だ。

 

世の中を効率的に、かつおもしろくーー

Webを通じて実現していきたい。

 

 

もっと具体的に

では、実際に何をしたいのか。最初はぼんやり考えていたが、いろいろやっているうちに固まってきた。

サーバーサイドとフロントエンドの両方

やりたい。欲張りだが、目に見えにくい裏方で支える仕事と、実際に目に見える表現を扱う仕事の両方とも、自分は好きだから。

最初の入りはRuby on Railsだが、裏側の仕組みを作るのと同じく、画面を飾ったり動かしたりするデザインも好きだと感じる。だからVue.jsも学習している最中だ。

 

コロナ禍をうけて、業界の雇用状況自体はそれほど悪くなっていないが、未経験の採用枠が大きく減っている。世の中の先行きが見通せなくなっているなかで、確実に戦力として計算できるエンジニアを雇いたいというのは、自然な摂理だ。リモートワークでも経験者ならば、それほど目をかけなくても仕事を遂行してくれると期待できる。

 

それを自覚して転職活動に臨まなくてはならない。いろいろと大層なことを考えていても、自分は未経験者だ。どこまでできるかなんて正直、保障はできない。

だから、経験はなくともこいつならやってくれると企業に思わせないといけない。

そのために、やれることは何でもやってアピールする。サーバーサイドもフロントエンドも両方というのは、二兎を追うようだが、それだけ自分にハードルを高く課すことになる。

やってやろうじゃないか。

 

 

動機まとめ

相当な文量になってしまった。まとめよう。

なせWebエンジニアになりたいのか?

  • 世の中を効率的に、かつおもしろく、変えていくことができるから
  • 世の中の情勢に左右されず、自分の力で生きていくために、作り手側にまわりたいから

 

よし、軸はまとまった。

ここから志望企業にあわせてカスタマイズしていこう。

 

どうして公務員をやめるのか、心境の変化を綴ってみよう

お題「#この1年の変化 」にのっかって書いてみる。1年どころかもっとさかのぼるけど。

 

25歳、大学院を卒業して就職、社会人1年目

およそ5年前、とある役所の建築職として入庁した。

公務員なわけだから、何か「約束された身分」になれた気がして、ほっとしたかんじがあった。就活生がとりあえず大企業を志望するように、自分では到底持つことができない「肩書き」や「大義を背負えたことによる安心感・満足感。どうもその時の自分は、そんなものを欲しがっていた。

 

それはきっと自分に能力がない不安の裏返し。大きなものの一員になれれば、なんとかごまかせるから。

さらにいうと、公務員なのに「建築職」なのも物語っている。行政職として厳しい競争に晒されたくはなく、がっつり建築業界に入りたいわけでもなく、大学で学んだことの延長で潰しが効くから。「まちをよくしたい・きれいにしたい」という、ある程度の動機はあるけれども、結局なんとか収入を得て自分も、まわりも安心させたかっただけのように思う。

 

こんな書き方したら、この5年間が邪でダメだったように聞こえるかもしれないけど、決してそうではない。むしろこの5年がなければ、今の結論には至れなかったのだから。まわりの人たちにはとても感謝している。

 

1年目の仕事自体は戸惑いと不安があったが、多様な人と接することができ、それはそれでおもしろかった。建築に関する近隣紛争を担当していたので、負の感情に晒されることが多かったが、いろんな人がいるんだなと社会勉強になった。

 

26歳、社会人2年目

1年目は勝手が分からず戸惑いが多かったけど、2年目になると余裕が出てきてできることも増えるし、少し楽しかったりしなかった?

自分はそうだった。とある業務の主担当になり、後輩も入りで、自分で裁量を持って仕事を回せることにやりがいを感じていた。自分で企画たてて、委員会運営して、イベント取り仕切って…。

けっこう残業もあって大変だったけど、あれこれ考えること自体はやりがいがあった。ただ、もう一年やりたいかと問われると思うところがあって、結局異動を選択した。

 

なぜそのときそう思ったのか。今思い返すと、ここでも現実と理想のギャップに苛まれていたように思う。「もっとこうしていきたいな」と「結局ここまでしかあがけない」との狭間で、違う職場でリセットしたいと思ったんだ。

 

27歳、初めての異動、社会人3年目

心機一転、これまでは住民相手の仕事が多かったけど、ほとんど事業者相手の職務につく。

1年目はひたすら大変だった。届出の量が尋常じゃないのに加えて、子どもの都合から時短勤務の人が多い。さらに精神的にアレで戦力にならない人もいたり。あげく同時に産休で人が抜けたり。一番苦しい時期だった。いったい何十回すき家で牛丼を買っただろうか。

 

28歳、現職場2年目、社会人4年目

この年も異動者が多く、最初の数ヶ月は相変わらず残業が多かった。しかし人自体は増えたので、次第に楽になっていく。

この年に入ってきた人たちから学ぶことが多かった。今まではただ目の前の仕事を如何にこなすかしか考えず、現状を変える努力をしていなかった。一方、新しい人たちの提案で、書類の進捗の管理方法や、窓口来客者を捌くシステムなど、新しく効率的な仕組みが導入された。

 

ここで、「自分たちの仕事は、自分たちで変えていけるんだ」と気づけたことで、徐々に仕事に対する考え方・向き合い方が変わっていく。より俯瞰的な目で仕事をみるようになった。自分ももっと効率的なやり方にできるよう、業務改善を意識するようになった。それはもちろん、あの残業まみれの日々を二度と体験したくなかったし、未来にこの職務につく人たちが、そんな思いをしなくて済むようにしたかったからだ。

ここでその裏返しに気づく。「なぜこれまでの人たちは、こんな非効率のままほったらかしてたんだ??」

 

最初は小さかった違和感が、徐々に育ち始めて、紛れもない不信感となり、とある確信へと至る。

「このままここに居続けてはダメだ。将来絶対後悔する」

この考えをはっきりと自覚させたのが、現在も世界中を蝕むコロナ禍だった。

 

29歳、現職最後の年、社会人5年目

これまで、この職場を離れるなんて考えたことがなかった。多少の不満はあれど、十分な収入はあるし、安定しているし、将来もおそらくそうだ。でも、これがダメだったんだ。気づいてしまった。この違和感、どことなくぬるい空気の正体。完全に呑まれて抜け出せなくなる前に、どうにかしなくちゃいけない。

 

コロナ禍で緊急事態宣言が出されたりで、今までの働き方は変化を余儀なくされていった。役所もご多分にもれず。積極的にリモートワークしましょうとなった。

ただ、いきなりリモートできる環境を用意できっこないのがお役所。

だって世の中の変化に疎く、周回遅れにされているのだから。対応は常に遅く、変化についていけず、今だって十分とは言い難い。それでもなかなか今のやり方を変えようとしない。なぜなのか?

 

その原因は以下の3つだと考えている。

  1. そもそも働いている人たちが安定志向だから。これは過去の自分にも当てはまる。リスクのあることを嫌う。決まり事を守るのが職責ではあるが、時代・時勢に合わせた変化は、この先絶対に必要だ。
  2. 何しようとクビにならないし、給料も変わらないから。インセンティブが働いていないのだ。実際、本当に心底どうしようもない人間が少数いる。それでいて自分たちより給料が上なのだから、やるせない。
  3. 向上しなくても生きていける。ゆえに新しい物事のキャッチアップに疎い。最新の技術はおろか、PCまわりの操作がおぼつかないことも。だから到底新しい技術なんて導入できない。

 

上に挙げた点にあてはまらない人・部署もあると思う。自分は建築職なので、あくまで自分がみた範囲でしか分からない。

ただ、公務員である以上、制約が多いのはどこに行っても同じだと考えた。

「これが使えたら便利なのに」「これがしたいのに設備が整っていない」「なんでこんな古臭いものをずっと使っているんだ」「逆になぜ、これにこんな人と予算かけてんだ」

思うことは数知れなかった。

 

公務員とはどうあるべきだろう? いろんな答えがあるが、今の自分はこう考えている。

最適化された、最先端をいく存在であるべき

 

なぜか。公務員は全体の奉仕者であり、全体に幸福をもたらすべき存在であるからだ。

それと同時に範を示すべき存在である。

国や県、市町村のトップに立って、最先端の技術を駆使しながら、全体に価値をもたらす必要がある。全体に提供する側だからこそ、もっとも効率化されている必要がある。

一方で、そもそもの担う業務が効率的でないものもある。行政の機能として、利益志向ではまかなえないサービスを提供する必要があるからだ。

ただし、そんなものでもやりようはいくらでもある。考え方次第で、一歩ずつ先へ進むことは可能だ。

 

 

それができている、あるいは取り組んでいるとは、到底思えなかったんだ。

 

 

従業員数でいえば有数の大企業だから、そう簡単にボトムアップでは変えられない。

現時点で自分のやれる精一杯のことに取り組んできた。それにも限界がある。

上に立つ人たちが舵を取ってやらないと……

そんな姿勢が全然感じられないんだ。みんな目の前のことで精一杯なのかな。でも、先を見通してやってかないと、5年後、10年後はもっと大変なことになってるよ。

 

そうして次第に違和感と不信感を募らせていくようになる。自分自身の考え方と、目指していきたい姿と、この制約の多い職場でできることとは、どうしようもなく乖離がある。

このままでは自分の成長を阻害することになるし、ここを飛び出すことを恐れていては、将来飛び出さなかったことを後悔するようになる、「そんな人生を送るのはイヤだ」とはっきり自覚したんだ。

 

結局、この職場に求めていたものは何だったのか。当初の想いを振り返ると、

  1. 肩書きと大義名分
  2. 先々までの安心感
  3. 学んできたことの延長

こうしてみると、他力本願というか、すごく受け身だ。

そもそも、建築に本気になれない人間が、建築の業界に身を置くべきではなかった。

まわりのみんなが一級建築士を話題にしている中で、どことなく居心地の悪さを感じていた。

そりゃそうだ、この業界で生きていく本気の覚悟がなかったのだから。

 

そして実際の仕事の内容も、届出とか申請とか、相手のアクションがないと何もできない。どこまでもいっても受け身。決まり事を作る側ではあるが、結局守らせる、あるいは守ってもらう側でしかない。

 

自分は働きかけていく側にまわりたい、作ったものを審査する側ではなくて、作り手側にまわりたい。

 

はっきりとした心境の変化だった。最初はおもしろがっていた仕事も、だんだんと味気なくなり、虚しいものに変わっていった。仕事は変わらないけど、自分が変わったからだ。

自分の努力・尽力によって、社会を変えていきたい。そこにやりがいを感じて生きていたいんだ。

 

だから、飛び出すことに決めた。

もうそこに、後悔も未練もない。

 

今年度いっぱいで今の職場は契約満了。有休消化を入れると、あと13日だ。

今取り組んでいる業務改善も仕上げの段に入った。最後までやり遂げて、みんなに喜んでもらえるような、遺産として残していこう。

 

この5年間、良くも悪くも多くの人をみて、接して、様々なことを感じ取ったからこそ、今の考えと決断に至ることができた。

自分と関わったすべての人に心から感謝するとともに、みんなの持てる力を存分に発揮して、より良い社会を築き上げていってほしい。

私も違う側面から、全力で取り組んでみるから。

 

最後は笑って終われますようにー

もうすぐ退職するから日誌をつけていく

最終勤務日まであと15日。

ついに今年度最後の月だ。

 

以下2点の理由から、日誌をつけていこうと思った。

  1. 退職と転職への動機を明確にするため。
  2. 無職期間の自律のため。書くことで曖昧に日々を過ごすことを避ける。

 

1点目は転職に向けた自己分析の一環。自分の考えていることを明確にする。なぜWebエンジニアを志望するのか、PRできる部分は何か、掘り下げていく。

 

2点目は特にアウトプットの効能を得るため。Qiitaには書けないレベルの技術的なこととか、どんな成果があったか書くことで、自分にプレッシャーをかける。毎日とはいかなくても、ある程度のスパンで書いていきたい。書くことで知識も定着していく。

 

コロナ禍で未経験採用が減っているけど、そこは努力次第。

ごろごろいる転職希望者と差別化を図るため、ポートフォリオにモダンな技術を盛り込んでいこう。

がんばります。